流される快感!鈴木理策写真展「意識の流れ」@オペラシティアートギャラリー

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ここ数日東京は肌寒いくらいですが、まだジリジリ暑かった8月中旬、初台の東京オペラシティアートギャラリーで開催中の鈴木理策写真展「意識の流れ」を見に行ってきました。

パンフレットには、
”タイトルの「意識の流れ」は「見るという行為に身をゆだねると、とりとめのない記憶やさまざまな意識が浮かんできて、やがてひとつのうねりのような感情をもたらすことがある」という鈴木自身の経験に基いてつけられました”と書いてあります。

仄暗い会場で、無心になって美しいプリントを眺めていると、うねりに流される気持ちよさに溺れそうになりました。
※作品は撮影可能です。とはいえ一眼をバリバリ出すのも変だったのでiPhone撮影です。撮ったままで補正していないので、水平がとれてなくてごめんなさい。

鈴木理策写真展「意識の流れ」東京オペラシティアートギャラリー
オペラシティはきれいで気持ちいいけど、入場料がちょっと高いですよね。1,000円くらいなら嬉しい。

鈴木理策写真展「意識の流れ」東京オペラシティアートギャラリー
こもれびのこういう感じ、好きだなあ。

鈴木理策写真展「意識の流れ」東京オペラシティアートギャラリー
青い写真を見ている赤い服の人のコントラストがきれいで、後ろ姿をそっと撮らせていただきました。

鈴木理策写真展「意識の流れ」東京オペラシティアートギャラリー
花のシリーズ。

図録にも「言語化される前の意識の流れを撮った」というようなお話があり、すごく共感しました。
私自身が風景(特に花や緑)を撮るとき、一番大切にしているのは、そこにある対象を見つめて、「きれいだな」以外の言葉が自分の中から消え、周囲の音が失われて、風だけが髪を揺らしている、そんなある意味トランス状態に入ってからシャッターを切ることです。”我”がなくなって、写真から言葉が消えて、対象の中に溶けていくような感覚。一種のマインドフルネスです。毎日撮っていると、この状態にすぐ持っていけるようになっていき、その後の現像作業も集中力を高く持ってできるんですよね。

写真にはストーリーが必要、上手い写真より良い写真、モノよりコト、と言われたりもしますが、私はそれ以外にも、ただ美しいとか、ぼうっと見てしまう写真もあっていいと考えていて、最近は共感を呼びすぎる写真より、流れているかどうかわからないくらいの気持ちのいいBGM的な写真を意図して撮っていたりもします。ストーリー過多なことに疲れてきているのかもしれませんね。

暑すぎた夏の疲れが残っている方に、特におすすめしたい写真展でした。