19世紀から20世紀はじめにかけて撮られた写真には、笑顔のものがほとんどありません。
私も今月の頭に町田天満宮のがらくた骨董市に行って、100年くらい前のものと言われている絵葉書を買いました。そのうちの一枚は家族写真なのですが(なぜ家族写真が絵葉書になったのか、経緯は不明)、みんなものすごく真面目な顔しています。
↑購入した絵葉書。笑顔っぽく見える人は、よく見るとまぶしいのを耐えているみたい。
結婚式の記念写真でも笑顔が一切なくて、まるで意に反して無理やり嫁がされた花嫁みたいなことになっているのですが、
(F.J. Mortimer/Getty Images)
そこには理由がありました。その4つの理由をVox.comが解説しています。
1.当時のカメラは露光時間が長かったから
とにかく露光時間が長かったので、ちょっとでも動いてしまうとブレブレボケボケの写真になってしまいます。笑顔を長時間維持するより、無表情のほうが楽だったので、そうなってしまったようです。1900年にブローニーカメラが発売されて、多少露光時間が短縮されたので、それ以降は笑顔写真も出てきたようです。ブローニーカメラはアメリカのイーストマン・コダック社が製造。当時こどもたちに人気のあった「ブローニー」という妖精のキャラクターからつけられた名前で、このカメラを手に写真を始めたこどもも多かったそうです。
2.肖像画の影響を受けていたから
現在のように、カメラは絵画とは違った表現手法で、いきいきした一瞬を切り取ることができるもの、という考え方はまだ生まれていませんでした。早く完成する肖像画、くらいに思われていたようです。歴史的な肖像画で、大きく口を開けて笑っているものはないですよね。肖像画はお見合いに使うために描かれてきた歴史的な経緯があり、モナ・リザのような「微笑み」が限界でした。この固定観念があったため、笑顔写真を撮る発想にならなかったようです。
笑うフェルメールと微笑むモナ・リザ―名画に潜む「笑い」の謎 (小学館101ビジュアル新書)
西洋絵画史における「笑い」については、この本が面白いですよ。笑顔が表すものが、時代背景によって異なっていることがわかります。
そういえば明治維新の頃、外国人カメラマンが撮った日本人庶民の写真には、笑っているものも見かけられるのですが、宗教的な背景がないからなのかも。
3.写真は不死に繋がるものだと思われていたから
19世紀のアメリカ、イギリスではポストモータム・フォトグラフィ(Postmortem Photography)=没後写真を撮る習慣がありました。これは、亡くなった方を偲び、永遠の命を得てもらうために、ご遺体にちゃんと服を着せ、身なりを整えて、場合によっては家族みんなで写真に収まりました。特に、生まれてすぐに亡くなったこどもが多く撮られています。ご家族は写真だけでも愛する幼子をとどめておきたかったのでしょうね。私も、愛する犬が他界した時の写真を撮っているので、この思いはよくわかります。
飯沢耕太郎の「写真の力」には、このポストモータム・フォトグラフィについて書かれた章がありますが、残念ながら絶版のようですね。
没後写真を動画にまとめて「恐怖!不気味写真!!」みたいにしているのとかがあるけど、周りの人の切ない愛情が伝わってくるものなので、そんなふうに見世物みたいにしてほしくないな、と思います。
ちょうど、「クジラ死骸上でガッツポーズ 写真コン最優秀作品に批判」というニュースがありましたね。北海道立オホーツク流氷科学センターが主催した写真コンテストで、クジラの死骸の上に男性が立っているすがたを撮影した作品が最優秀賞に選ばれました。これに対し批判が多数寄せられ出品者が受賞辞退、主催者は陳謝という事態になりました。今朝、この記事を書いたところだったので、命を落としたものへの敬意は今のほうがなくなっているのかもしれないと思いました。しかし、あの写真は、写真としての美しさに欠けていて、選ぶのはどうか…という感じです。
この習慣があったので、写真は「不死」に繋がるもの、真面目な表情をするもの、という考えが根付いていたようです。
Kindleで、洋書ですが没後写真を集めたものが販売されています。→DEAD PEOPLE POSING: The Mystery Behind Dead Photographs (FULL EDITION: Photographs explained – Postmortem photography) (English Edition)(怖いと思う方もいるかもしれないので、文字リンクだけにしました。Kindleでは中身確認もできます。内容が不正確で評価は高くないみたい)←取り扱い終了のようです。
4.笑顔=馬鹿だと思われていたから
1900年代、ヴィクトリア朝からエドワード朝にかけては、笑顔は頭の悪さを証明するものと思われていたそうです。公の場で笑うのは愚かな、ふざけたことだったみたいですね。その当時に生まれてなくてよかった…。これに対しては、Flickrのグループ”Smiling Victorians“に、当時撮影された笑顔写真が多数あるように、異論があるのですが、やはり人前で大きな笑顔を見せるのは一般的ではなかったのでしょう。
これらの理由で、19世紀から20世紀初頭にかけて、欧米では笑顔写真が稀だったのですが、1904年に人類学者のバーソルド・ローファーが撮影した、「ごはんを食べながら笑う男」の写真は、見ているとこちらも笑顔になるような、自然な笑顔です。現代のモデルを使って撮られた写真と言っても通用しそうです。
(http://images.library.amnh.org/digital/items/show/29058)
カメラの専門家ではない人類学者と、西欧文化から遠くにいた中国人の若者、このふたりのアウトサイダーが結びついて、今でも見る人の気持ちを動かす笑顔写真が生まれたのですね。